「精神科医だけど質問ある?」>>1によるブログ

2ch「精神科医だけど質問ある?」スレ主が、過去の質問をもとに"よくある質問集"を作ります

次の標的は認知症治療薬?ベンゾジアゼピンバッシングに続く動き

マスコミや患者団体の攻撃対象が、徐々に認知症治療薬に移ってきているのを最近肌身で感じております。
従来より不適切な使用についての懸念が示されていたベンゾジアゼピン睡眠薬抗不安薬について、2016年ころから当局の規制が厳しくなってきているのは記憶にあたらしいところですが、どうもこの1年ほど、これまでベンゾジアゼピンの"薬害"を特集していた新聞や雑誌社が、認知症治療薬を攻撃対象にすることが増えているようです。そうした記事を持参されるご家族が増えているのを感じております。要するに、認知症で治療薬を処方されている患者様のご家族が、「症状が悪いのはこの薬飲んでるせいじゃないのか!?」といって、中止を求めてくるケースですね。また、今年6月に出た以下のニュースも記憶に新しいところです。
news.yahoo.co.jp

(なお認知症といってもいろいろな種類がありますが、ここでは、最も頻度の多いアルツハイマー認知症を想定しています。認知症治療薬というのは、主にアルツハイマー認知症に対する治療薬の総称で、具体的には以下の4種類。)

  • コリンエステラーゼ阻害剤
    • ドネペジル(アリセプト™)
    • ガランタミン(レミニール™)
    • リバスチグミン(リバスタッチ™、イクセロン™)
  • NMDA受容体拮抗薬
    • メマンチン(メマリー™)

症状の悪化は薬のせい?

前提として、認知症治療薬(以下、治療薬と表記)を処方されている患者様は大半がアルツハイマー認知症(以下、AD)です。ADは慢性進行性の病気、つまり「症状は自然に進行していく」病気です。そしてこれらの治療薬は「症状の進行を遅らせる」ことを期待して投与されるものであって、症状を消す薬ではないし、症状を完全にストップするほどの力が無いことは既に分かっている薬です。つまり逆の言い方をすれば、「治療薬を飲んでいる患者は、かならず症状が悪化する」のです。薬のせいではなく、もとの病気のせいで、です。じゃぁそんな薬使うことにどれだけ意味があるのか、と疑問に思う向きもあるでしょうが、それは大規模な治験で確認されていることですので詳細は省きます。ただ一つ重要なことは、治験で認められた有効性と、患者や家族が考える有益性は必ずしも一致しないということです。

家族の期待する有効性と、医療の考える有効性は異なる

これは架空の例ですが、たとえば『この薬を認知症の方に飲ませれば、日常の物忘れ自体は改善しませんが、寝たきり状態になるのを平均で5年先延ばしに出来ます!』という薬があったとして、この薬の効果をどう捉えるでしょうか?おそらくご家族の多くは、日常の物忘れが良くならない上に、5年という微妙な延長期間ですので、あまり良い評価はいただけないものと思います。ですがこれ、医療や福祉行政の面から見れば、寝たきり状態の介護期間が5年減らせるのだとすればそれだけで莫大な社会的費用の軽減になりますから、この薬は超優秀な薬、という評価が下るでしょう。一つ、認知症治療薬に対する批判の背景に、こうした、『家族が期待するような効果を与えられていない』という現在の治療薬の限界を踏まえるべきでしょう。

家族のクレームが本人の治療機会を奪う。

上で述べたとおり、治療薬を飲んでる方はみな症状は徐々に悪化していきますので、それを「薬のせい」と言われてしまうと、個別のケースでは医師の側としても、絶対に違うぞと明快に示すことが難しい。知り合いの先生方にそういうときの対応をきいてみたところ、医学的に見て薬の影響は低いと考えていたとしても、家族を説得するのが面倒だとか家族に不信感を持たれるのが嫌だという理由で、家族が嫌がるときはスパッと切ってしまってる先生が多いようです。そういった先生は、家族からは「理解のある名医」と呼ばれるのかもしれませんが、長期的に見れば本人が本来受けられる治療の機会を逸しているわけで、到底良い対応とは言えますまい。

本当の問題は、専門外の医師による処方?

とはいえ、雑誌などで指摘されている通り、認知症治療薬は意外と副作用の出現率が高い薬であるのは事実なのです。認知症を日常的に見ている先生はそうした副作用にも適切に対応していると思いますが、一方でーベンゾジアゼピン批判のときと同じですが―認知症を真面目に診る気がない専門外のクリニックなどが「とりあえず」で漫然と治療薬を出しているケースには、対応がまずいケースが多いように思います。最近私がみた症例ですと、消化器内科のクリニックさんから紹介されてきた「食欲が落ちている90代女性、精神的なものではないか」という方。一見してお元気そうなので年齢的なものかと思ったのですが、お薬手帳をみますと数ヶ月前からさり気なくドネペジルが開始されてるのを発見しまして、そちらを止めてみたところ食欲が劇的に改善したケースとか・・・消化器内科とはなんだったのか。(※コリンエステラーゼ阻害薬では消化器系の副作用が最も多くみられます)
しかも同院からの紹介状には認知症の「に」の字も無く、そちらの先生が、ドネペジルによる消化器症状のリスクをまったく知らないであろうことが容易に想像できます。さらに言えばその方、日常的な物忘れこそありますが、独居で買い物から家事全般を見事にこなしてる方で、どうみても認知症には見えない方です。ご家族におうかがいしたところ、どうも、数ヶ月前に家族が受診に付き添った時「最近、人の名前を忘れることが増えた」とご家族が述べたためにドネペジルが開始されたようなのですが・・・人の名前をど忘れするだけで認知症と診断するのが不適切であることは言うまでもありません。ただ、このクリニックが極端というわけではなく、この手のケースは私個人だけでもしばしば目にします。

結局、先のベンゾジアゼピン系薬剤のときと同じで、認知症治療薬も、薬の評判を貶めてるのは薬の勉強もしないで適当に使ってる専門外の医師だ、という結論に私の中では至りました。
クリニックの先生方には、専門外の薬を出すことに関して、もうちっと慎重さと謙虚さを持ってほしいものです。それが足りないから、こう無駄な規制が増えて・・・